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塩おやじの徒然

お店は作品

この季節になると、今もふと心によみがえる古い青春時代の思い出があります。

3月の雪降る東京。世がバブル経済を謳歌した80年代後半。私は芸大進学を夢見て18歳で上京し、芸大受験を専門とする美術予備校に通い始めました。初日の朝食は近所のコンビニで買った食パンと人参1本。今でもその味を覚えているのが不思議です。

 

はじめての一人暮らし、毎日が新鮮で張り切って予備校に通いました。しかし、夢果たせず3浪した後、予備校の姉妹校である美術専門学校(創形美術学校)へと進学しました。

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(美術学校時代 20歳くらい、髪があった塩おやじ)

美術専門学校に進学し、親にはお金を使わせ、周囲からは期待もされていたのに絵を描くことには段々と身が入らなくなり、在学中には、演劇の世界に片足をつっこんだりしましたが、それも中途半端に終わり、卒業後は「クリエイティブ」な匂いのする映像制作会社にようやく就職。その会社からも40代半ばでリストラされてしまうという冴えない道を歩む事になります。

 

中学の頃から、画を描くことや文章を書く事が好きで、世で活躍する「アーティスト」に憧れていました。そして、いろいろな事に手をだしましたが、どれもモノにならず、中途半場なままで投げ出してきた恥の多い人生です。

 

美術浪人時代の友人たちは画の道を一筋に歩き続ける人、ダンスと芸能の世界で活躍する人、海外で活躍する人。様々な人生があり。私の妻も版画家として頑張っています。

 

そういう人達と交流していると、「恥ずかしい仕事はしまい。」という、若い頃と同じ情熱と対抗心のようなものがムクムクと湧き出します。

 

そんな私にとって、このお店は人生のラストチャンスなのかもしれません。

 

画も駄目、文章も駄目、写真も駄目、映像も駄目。でしたが、ネットショップには全てのスキルが必要です。全部駄目だったけど、全て経験済みなので、これを活かせるネットショップはもしかすると最後に与えられた「天職」なのかもしれないと・・・。

 

私にとってこのお店は生活の糧を得るための道具であると共に、自己表現をする「作品」でもあります。

「作品」には品格が必要です。そこに到達する道は遠く、ますますの研鑽と努力が必要でしょう。ただ、これから先も「作品作り」をしていけるのだと考えれば、これは私のとっては幸せな事であり、若い頃の自分に、結局あの失敗はこの道に辿り着くためにあったんだよ、と胸を張って言えるようになりたいと思います。

 

まだまだ、道は険しいぞ!!頑張れ、俺。

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